赤い実

 馬鹿野郎おれは雰囲気短編が好きなんだ。

 虚無界隈の絵師に。

 

   ***

 

  そうして、少女は瞼を開く。
 際限を失ってひろがる青磁の平面。くたびれた布団が一角に敷かれ、上体を起こした彼女はおおきく伸びをする。
 空気は澄んで冷涼だ。まとったワンピースに装飾はなく、汗染みも色もひだのひとつさえない。影だけが淡く床へと落ちていて、冷気をきって腕が振られると、少し遅れてそれに随伴する。
 夢を見ていたのだ。肌寒さにタオルケットを引き寄せながら、内容を思い出そうと思考を凝らす。引き伸ばされた不安が薄く薄く、不在の影を心裡へと落として、肝心のところがどうにも掴めない。しわのない瞼はふたたび閉じられ、苛立ちに眉根が少しずつ寄ってゆく。
 まだここにない色。
 薄い皮膚を貫いた冷たい光は、行き交う毛細血管の暖色をのせて、なにをも見ない網膜へとまっすぐに進む。赤みがかったオレンジ。情報は交叉して幾重にも響きあい、いつしかひとつの印象となって凝り固まりはじめる。
 灰色をした粥の海の上、一艘の舟に少女は揺られている。生ぬるい大気は穏やかに流れ、上空の光源は黄色く滲む。
 ほそい腕の先に握られた種を、軽く反動をつけてほうる。放りだされた種子は思いほか遠くへと。ぼちゃん。小さく落下の音。見るうちに薄緑の芽が吹きだし、音もなく盛んな伸長をはじめる。粥を吸い上げる根は太く、太く四方へとはりめぐらされてゆき、水っぽかった海は今や固くひび割れて、おそるおそる少女は足を踏み出す。
 置いてきた舟はちっぽけで、前よりずっと頼りなさげに佇んでいる。漠々たる原を踏みしめて歩き、影落とす大樹を見上げて溜息をつく。いくつもの果実。赤みがかったオレンジの玉が、茂る枝葉のあいだに見え隠れする。微かに火照ったうなじに水滴がしたたり、喉がかわいていることに少女は気づく。
 樹皮が真っ白な手のひらを傷つけ、赤が控えめにカンバスを汚す。だが登るのをやめることはできない。裂いた果実の果肉の色を、少女は幾度となく思い描こうとする。
 まだここにない色。
 ともかくも、持ち帰らなくてはならないのだから。