並列回転体

扇風機はありがたいなあという話です。未完。

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 ここからはうかがい知ることのできない、どこか遠くの発電所のなかで、そのガスタービンは回っている。
 膨大な量の気体が燃焼し吐き出すエネルギーを、タービンはきわめて高効率で電力へと変換する。神話のごときせめぎあいの舞台から引かれる導線の、その終端に僕の小さなサーキュレータがある。
 プラスチックで出来た三枚の羽根が、人工の風を送り出す。距離を隔てた二つの回転体。変換と逓減を介して接続されたそれらは、遠い親戚のようにお互いを知ることがない。発電機とモータはコインの裏表であり、風車に軽水炉にアーチダムに、車輪にHDDに輪転機に内蔵される。我々の文明とはある面で回転の文明なのだし、洗練に割かれてきた労力は決して少なくない。回転の持続はあるときはじまり、そうして今日まで回り続けている。
 もしかすると、時代は回転とは反対の方向へと回転しているのかもしれない。それはもちろん回転へと逆回転しているとも言える。タービンは光発電素子へ、HDDはSSDへ、そしてまた、車輪はリニアへ。速度と効率への志向の歴史の、そのある局面においては回転は有効だった。しかしいつまでもそうだという確証はないのだ。地球を装置として見たとき、これは公転と自転によって昼夜と気候をもたらす役目を帯びているのだと言えそうだが、より優れた方法によってそれら機能が代替されるならば、もはや回転は用済みとなる。どちらにしてもすべての回転はいずれ停止するのだ。回転の次の段階への移行の結果として、あるいは一切の終焉の部分として、間違いなくそれは訪れる。
 モータは我々の細胞にも内蔵されていることが知られていて、これはATPを燃やして回転する。残念ながらその逆はない。しかし仮に、そうした構造を人工的に再現できるならば、力学的なエネルギーをそのまま、生体が利用できる形へと変換することは不可能でないのではないか。
 有人宇宙探査においてなら?