calvino

高3の図書館だよりに載せようとして長いので捨てた。
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 カルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』はいわゆる「普通の小説」とは全く違っている。こんなふうに書くとあなたは、わたしが「この本はずば抜けて面白いのだ」とかそういう内容を、気取った書き方で伝えたいのだと早合点してしまいそうだけれど、そういうわけではない。
 ではどう意味で違っているのか? この小説はひとつの筋を丹念に追ってゆくものではない。十の未完結の小説から構成されていて、全体を貫くエピソードは読者たる「あなた」(!)についてのもので、あなたは主人公である「男性読者」の視点を借りてカルヴィーノの新作の新作を読もうと試みるのだ。
 さまざまな不手際や偶然が「男性読者」に「冬の旅〜」を読ませまいとし、かれはその代わりにさまざまな小説を読むはめになる。それら小説はこれまたさまざまな理由で完結することなく途中で投げ出され、だからあなたが目にするものは「男性読者」をめぐるストーリーとそれに付随する新たな小説の断片だけということになる。
 架空の小説について書くことは、新たな小説を書いてしまうことにも等しい行いだというのはお分かりいただけるだろう。だが、カルヴィーノが用いた手法はそんなところに留まることなく、「読む」という行為そのものに迫って本の存在を問う。
 「読む」という行為についての記述はその特異な構造にのみならず本文中にもあらわれる。「男性読者」が遭遇するいくつもの物語は、いつもきちんと綴じられた本のかたちで出てくるわけではない。あるときは袋綴じの中に、あるときは口述によって出現する。筆者はそうした経験について語りながら、読書の身体性、精神性、についてさまざまな検討を行う。ページをめくることは単に読むこと以上の意味を持っているのだし、またページをめくらずともわたしたちは違ったかたちで「読んで」いるのだ。
 否応なしにあなたはカルヴィーノの思考を思考し、その深遠さに酔いしれることだろう。本を読むことが、そのまま本を読むことについて考えることになる。そんな、いつもとは違う読書体験がしたいというあなたにおすすめの一冊だ。カルヴィーノは他にも多くの、よく知られた作品を残している。読了後はそれらにも手を伸ばしてみてはいかがだろうか。